楽器作りについて

もろもろの国民や詩人が夢見た浄福の観念の中で、もっとも高くかつ深いのは、天体の運行に伴う諧調を聞き取ることであると、私にはいつも思われた。私のもっとも深い輝かしい夢はそれに触れたことがある。――― 心臓の一鼓動のあいだ、宇宙の構造といっさいの生命があげてその本来の秘めた諧調の中に響くのを聞いたのである。
『春の嵐(ゲルトルート)』 ヘルマン・ヘッセ著(高橋健二訳・新潮文庫)より

(2019年納品のヴィオロンチェロ・ダ・スパッラ・肩掛けチェロ)

 

【18世紀後半以降の楽器作りの姿】

皆さんにとっての弦楽器作り、弦楽器製作とはどのようなイメージのものでしょうか。

私自身は、この道に入り、仕事を始めるまでは、弦楽器製作とはヨーロッパに伝わってきた伝統を受け継ぐことであると思っていました。しかし、実際にこの道に入ってみると現代の弦楽器製作は、伝統の継承という側面以上に、「一度途絶えてしまった技術と文化の復興」をベースにしているということを知りました。

なぜ受け継がれてきた伝統ではなく、復興なのでしょうか。それは皆さんの周りを見ていただければ、「ストラディヴァリ・モデル」「グァルネリ・モデル」など昔の名工たちの楽器をモデルとした楽器があふれていることからもわかります。

別の言い方で表現するならば、ストラディヴァリなどの過去の有名な製作者がいなくなった18世紀後半以降の楽器製作は、名器の模倣を設計図なしに続けてきたというのが弦楽器製作の現代の姿なのです。

これはストラディヴァリやグァルネリなどが最上の弦楽器であるという価値観が流布する中で、最高のものに近づくために最高のものを模すべしという考えが広まったことや模倣することで楽器が売りやすかったためと思われますが、それだけではなく実際には昔の楽器の設計法そのものが18世紀の後半に失われた(あるいは放棄された)ために、外観や構造を観察し、それらを模すことしか後世の製作家ができなくなっていたという面もあったと思います。

現代も楽器作りの多くは、現代の製作者によるオリジナルの楽器製作ではなく、古い楽器を当時はなかったメートル法などで採寸し、個人のセンスによって曲線を微調整した上で、それを再現することが主な仕事になっています。ただ、私は現代の楽器製作のすべてを批判したいわけではありません。また、昔の製作者の楽器を模したことを謳う楽器が決して質がよくないわけではありません。腕のよい製作家の作った楽器はたとえコピーや、古い製作家の楽器をベースに作られたとしても大変素晴らしいものです。

しかしながら、なぜコピーしかできなくってしまったかということは、まったく別の問題であることは明らかであることもお分かりいただけることと思います。

では、なぜ、またいつ弦楽器製作の伝統は失われてしまったのでしょうか?

 

【自然科学の台頭と弦楽器製作】

私は、19世紀初頭に、単に弦楽器製作というマイナーな職業の技法だけが失われただけではなく、「ハーモニーとプロポーションを基準とする考え方」から、「単位が優先される考え方」へとヨーロッパ地域社会の価値観が変わり、その中に楽器製作の伝統も急速にのみ込まれていったのではないかと考えています。

弦楽器製作の基盤であった考え方が時代遅れのものとして、徐々に顧みられなくなったとも言えるかもしれません。それはちょうど、弦楽器製作史においてはストラディヴァリの没後であり、またヴェネツィアの名工たちの亡くなった後のことです。

社会的には17世紀に近代科学が世界に台頭し始め、これによりそれを進歩的とする価値観が現れ、それ以前の経験主義的な知識・知恵が古いものとされたということではないかと思います。結果的にそれまではヨーロッパの地域社会で何百年と受け継がれてきた価値や技法が失われてしまいましたが、その中に元来単位ではなくハーモニーとプロポーションを基盤とする弦楽器製作もあったと想像しています。

逆に自然科学が台頭するまで、ハーモニーとプロポーションを基準とする考えが広まっていたのは、ギリシャ時代からの文化復興(ルネサンス)に加え、当時までメートル法が存在せず(メートル法の制定は18世紀末。都市国家であったイタリアにおいては町によって使われている尺度が違う状況もあった)単位よりもむしろハーモニーに基づくプロポーションの方が普遍性があったからとも考えられます。

この工房における楽器作りは、こうした考えを踏まえ、単位を優先する考え方をいくらか控えめな位置におき、プロポーションに基づく楽器製作をふたたび試みるものです。

 

【楽器作りにおいて大切にすること】

■ポスター写真や既存の楽器の寸法をコピーして作るのではなく、古来のハーモニーとプロポーションの考え方に基づいて、伝統に沿いながらも一から設計・製図された楽器を作るよう努めます。

(古い名器をモデルとして作る場合も、常に損耗や変形に配慮し、もともとのプロポーションやコンセプトを探して反映する努力を重ねます。)

■季節と月齢を見て伐採された木材を選ぶ努力をし、300年以上生きる楽器を目指します。

■16世紀より前にさかのぼる技法を探求し続け、その成果を楽器作りに反映させる努力を続けます。

■木工、塗装、音調整などの技術を磨き続けます。製作はもとより、その後の調整にも注力します。

■演奏家の方々とのコラボレーションを大切にし、協働しつつ、新しい楽しみ方や仕事を創っていきます。

 

古い時代の名器をモデルとしてコピーされた楽器は、すでに十分世界に供給されており、また今後も作られていくと思われます。

私自身も古い楽器の素晴らしさに学び、そうした楽器をモデルに作ることもありますが、そのようなときにも形だけの復元にならぬよう、古来のプロポーションに基づいて、耳から設計された新しい楽器を作っていきたいと思います。

またそうすることで、この工房のみならず、すべての弦楽器工房が、現代においてもその土地土地において個性的な存在になっていくのではないかと考えています。

 

gaff

楽器作りに深い関係のある「ピタゴラスの音楽」