少し前にご依頼を受けた楽器の修理に際して、やり取りの中で、持ち主の方より楽器の価値について問われたのですが、これについて考えさせられることがあったため、記しておきたいと思います。
私たち製作家・修理士は、楽器を修理する際に楽器の市場流通価格との兼ね合いをいつも考えます。
よほど思い入れがあり、何か特別な事情があるものではない限り、楽器の価格を超えるような修理は提案しないケースが基本的には多いように思います。
さて、修理を依頼された楽器を点検したところ、内部にはフランスのメーカーの作とするラベルが貼ってありました。しかしながら、明らかなコピーラベルで、紙質も違えば、文字の細部も失われていました。
また50年以上は経った楽器ではあると見られたものの、人為的な古調塗りの跡が全体にあり、見た目ほどに古いものでないことは確かでした。
こうした楽器は珍しくなく、私の多くはない経験に照らしても、中価格帯の楽器ではフランスのコピーラベルが他の国ものに比べて大変多いように感じます。
それはともかく、このような判断と事実を元に修理の方向性や価格をお客様にお伝えすることにはなるのですが、高度経済成長やバブル期に楽器を購入された方ほど、楽器そのものの素性をご存知なかったというケースが多いように感じます。裏を返せば、昔は素性の知れない楽器を怪しいラベルの文言や楽器の雰囲気を頼りに、売買していたということではないかと思います。
当時はインターネットが運んでくる膨大な情報もなく、楽器店が故意に騙したというよりも、ヨーロッパから入る段階ですでにおかしいものが多く、国内にそれを十分に判断できる専門家が少なかったのではないかと思います。ほんの50年ほど前までのことですが、そうした爪痕は残念ながらまだ沢山残っています。
先日も楽器について価値を尋ねられたので、どのような可能性が見えるかということをお伝えしたところ、ご期待されていた市場価格と大きな隔たりがあったようで、お客様は大変がっかりされてしまいました。
元より当工房で販売した楽器ではありませんし、こちらに大きな非はないはずなのですが、それでもあなたが言っていることが正しいとは限らないと言われると、こちらも気分が凹んでしまいます。ご説明しない方がよかったのかとしばらく考えてしまいました。相手の顔を見て、お茶を濁すのが苦手なのは自分の欠点かもしれません。
改めて、問題の本質だったのだろうと後から事態を反芻してみているのですが、一つに、期待と返答のズレがあったということもありますが、そもそも「金銭的な価値(価格)=そのものの価値」という観念が、一般的に強過ぎるとこうした問題につながるのではなかろうか思いました。
お金というものが、大切ではあっても、それほど重要な指標ではないということが確認できており、たとえ市場から価値がないと言われても、自分は価値があると思うから買うのだという姿勢があれば、後から外野からどうこう言われても動じることはないはずです。
専門分野ではないからという理由で、いろいろな判断を人任せにしてしまうと、どうしても「こう言われたのに」「こう思っていたのに」ということが起きかねません。
もちろん、そういう姿勢をお客様に求めることで、お店の責務が軽減されるわけではありません。バブル期などに比べると、ずいぶんいい加減な商売をしているところは淘汰されたように思いますが、それでもネット販売に主戦場を移して、顔の見えないのをいいことにおかしな楽器を玉石混淆にして売ってしまっているところはまだあるようです。
他人の商売をとやかく言いたくはないのですが、おかしいことを続けていると業界全体の信用が落ちてしまうと思うので、お客様を傷つけるような偽作の売買については今後も業界全体で取り組まなければならない課題と感じています。