先駆者と先行利益

演奏家の方とお話をしていて、例外的に何人かの方をのぞき、音大などではほとんど必要最低限のマーケティング的な勉強さえないのだろうなと感じることがあります。

音楽の伝統もありますし、文化を引き継ぐ仕事であるからこそ、それは当たり前のことかもしれませんが、そのために先駆者となる機会や、先行利益と言われるものと手にする機会を逸している人も残念ながら多いことを感じます。

「それに需要はあるの?」「それは売れるの?」「それをやりたい人はいるの?」ということを聞かれ、前例がないときに多くの人は前例がないから可能性もないと考えがちなのですが、そのような人は先駆者にはなれません。前例がないから、広大なマーケットが眠っているとビジネスマンが考えるように、前例がないなら新たな表現と音楽の楽しみの可能性があると思える人でなければ人よりも一歩抜きんでた活動を形にすることはできないように思います。

もちろん、そのような道に踏み込むと失敗も多くあります。これが2つ目の関門です。多くの人は失敗したらやだなと思い、先駆者となる道をあきらめて、凡庸な道を選びます。しかし凡庸な選択の先に待っているのは凡庸な仕事だけです。

しかし、先駆者となる経験を1度でもしたことがある人は、実は失敗こそが貴重な財産になることを知っています。失敗は一朝一夕では得ることができないものであるからこそ、実は挑戦し、失敗を積み上げて、それでも道を切り開くことでまったく独自のキャリアが開けるからです。失敗を語れる人ほど実は言葉が強いということを、先行者となることをあきらめ、皆と同じことだけをしているのが王道だと思っている人は知りません。

音大に入り、同じだけの学費を支払い、あるいは同じ奨学金制度を受け、同じ指導を受け、同じフィールドに出ていったときに果たして、自分ならではの豊かな活動の場が作れるのでしょうか??このような問いかけはビジネスマン1年生でもできることですが、すでにある程度のキャリアを積んだ演奏家でもできていないことが実は少なくありません。

ものごとに投資し、その果実を得ることができるかどうかは、まわりでは誰もやったことがないことに取り組み先行者となれるかどうかにかかっています。誰もいない道を行く先行者の後には、徐々に飽和した市場が形作られていくだけだからです。

そして、3つ目の関門はどれだけの投資をするかということですが、安い投資や、たまたま安売りで手に入れた投資よりも、自分には無理かもしれないというぐらいの投資の方が実はその後に信じがたいほどの成果となって現れるということがあります。これはたまたま安く手に入れたものだと、まあ安かったからいいやとなってその程度の努力しかしない人がほとんどだからです。

どこに投資すべきかは、自分の情熱が何に向かっているのか、何が好きなのかということで判断すべきで、需要のあるなしで判断すべきことではないと思います。需要のあると誰の目に明らかなことはすでに多くの人であふれているからです。それでもそこに情熱があるのならまだよいと思いますが、さしたる情熱もなくただ安全そうだからと考えて選択しても楽しい結果は訪れないと思います。

情熱を自覚し、そこに驚くべき投資をし、先行者として歩み人は、その勇気で人を魅了します。すごい演奏家だなあと思う人ほど、必ず道なき道を1つは歩んでいるものです。皆さんのまわりを見てください。この人は突出しているという人は果たして他の人と同じことをしてきたでしょうか。むしろ人から真似されるような独自の道を切り開いてきているのではないでしょうか。

皆さんはどれだけ人がやっていない、自分の胸に秘めた情熱にしたがって行動できているでしょうか。

肩掛けチェロ、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラだけがその方法だとは思いませんが、この楽器を使って実現できる、未開拓の分野があまりに多いと思うこと、まだほとんど誰もこの楽器をもっていないことが、これを私が強力に後押しする理由ではあります。

皆さんが迷っているうちに先行者はすでに手を伸ばしています。先行者のポストは数少なく常に限られているということを忘れないでください。早く始めなければならないということです。

繰り返しますが、肩掛けチェロだけが先行者となれる道ではありません。大事なのは自分自身の内側にある情熱に耳を傾けて、他の人を見るのではなく、他の人が思わず見て、真似したいと思ってしまう自分ならではの道を見つけることです。

それが肩掛けチェロである人には、ぜひ肩掛けチェロを手にとっていただきたいと思いますし、それがまっとうなバロック・ヴァイオリンである人にはぜひそれを手にとってもらいたいと思います。それがバロック・ヴィオラでも、バロック・チェロでも、同じことです。何が皆さんにしかできないことなのか、「あの〇〇さんですね!」と呼ばれる何かになるにはどうすればよいのか、ということを考えなければいけない時代になってきています。それを見つけたい方はぜひ声をおかけください。工房は技術的なサポートをする場である以上に、皆さんがどうすればもっと輝けるかということをご一緒に創り出す場であると考えています。