音楽をされている方で、スポーツには興味がないという方はめずらしくありません。もちろん興味ある方もいますが、サッカーのような喧騒も多いスポーツとなると敬遠される方も割と多いように思います。
私自身は昔ベルギーとドイツに住んでいた時から、スポーツ、とりわけサッカーと音楽は無関係ではありませんでした。サッカーも音楽も同じように生活の隅々に入り込んでいたからです。
そのため、音楽を楽しみ、サッカーを同時に楽しむことは、私自身はいつも心の故郷のにおいを思い出すことになりますし、多くの音楽好きのヨーロッパ人にとってもそうではないかと思うのです。
事実、イタリアでの弦楽器製作の修業時代にも同居していたイタリア人や、学校の友人や先生らとサッカーの話題で持ちきりになったことは珍しくありませんでした。
ヴァイオリン属の楽器を扱うことは楽器という他から隔絶されたモノを扱っているわけではなく、言葉や生活文化はもとより、そこに住んでみて初めて分かる匂いや気質を汲み取る中でなしえることでもあると思います。
音楽も、孤高の、他のものと切り離されたものではありません。貴族の嗜んだ音楽の都の路地裏でジプシーの奏でるフィドルがあったように、すべてのことは互いに影響しあって永く深い文化や歴史を作ってきたのだと思います。
そんなことを昨晩の夜更かしの言い訳にするわけではありませんが、日本代表は本当に本当に善戦しました。本当に素晴らしかった。
音楽や楽器は優劣を競うものではなく、点数によってはっきりするものではありませんが、スポーツのような勝負の世界がヨーロッパ音楽の傍に常にあった…と言うよりも喧騒と騒乱の中にあって音楽が生きてきたことを忘れては、その楽曲が生み出された時の響きを再現することは到底かなわないように思います。
音楽とは純粋培養されたものでは決してなく、仮にそのようなものがあったとしても、少なくとも私はそれを天上の音楽と感じるようなこともないだろうと思います。
しかしだからと言って、音楽のために当時の騒乱や戦争まで再現したり、正当化したりする必要はないと思いますが、サッカーの熱狂は何かそうした昔日の熱や歴史のうねりをスポーツマンシップに昇華させてながらも、思い出させてくれるものでもあるように思います。
また、サッカー(フットボール?)がイギリスに発祥して、海を渡って今や世界のものとなっているように、2つは実は似たようなところもあり、相反するがゆえにそれぞれの豊かさに供することができるようにも思います。
このところ仕事が遅れに遅れて気持ちも焦っているので、翌日の仕事を優先してサッカー観戦は我慢して寝ようと思ったのですが、何か胸がザワザワして結局見てしまいました。しかし、あれほどよい試合を見ることができたので後悔はありません。むしろ今日からの仕事の意欲につながる感動をもらいました。
力を尽くして戦った日本代表に改めて敬意を表します。本当にありがとう!Bravi tutti!!!
