バロック指板の謎

 

 

バロック・ヴァイオリン(ヴィオラ、チェロ)について、「バロック・ヴァイオリン」というのはこういうものだという一般化された説明の中に、

「指板はモダン・ヴァイオリン(現代の一般的な黒檀指板のヴァイオリン)に比べると、短くて幅が広くて、表面のR(曲線)がフラットである」

ということをよく聞きます。

これは果たして本当でしょうか?

果たしてどれだけの方がそれを実際に残された楽器の上で検証できているでしょうか。

このような問いかけを投げかけるのは、これまでにいくかのオリジナルと考えられる指板を直接検証してきたときに、上の一般化とは少し違った姿が見えてきていたためです。

いくつかのポイントがあるのですが、今日はその中の指板のRについて書いてみたいと思います。

ヴァイオリン属の楽器の指板は弓による移弦がしやすいように駒のRに合わせて局面を描いています。

モダンのヴァイオリンにおいてはそのR(radius 半径)は41.5~42㎜ぐらいが一般的とされています。

しかし、バロック・ヴァイオリンはそれよりもずっとフラットなRだというのが一般的な通説なのです。そのためか、市販されているバロック指板のRは52㎜ぐらいに設定されていることが多くあります。

問題はこれがどの程度史実に基づいているかということです。

一つ確かに言えるのは、バロック時代にはすべての指板が52㎜ではなかったということです。絶対的なスタンダード(基準)となる寸法やサイズが存在しなかったバロック時代には、様々なRの指板がありました。これだけは確かです。そのため、皆が52Rだけで弾いていたら、もはやそれだでもバロックらしからぬと言えなくもありません。

ではどのようなものがどれぐらいあったのかということになると、実はよくわからないのです。さらには、必ず現代のモダン・ヴァイオリンの指板よりもRがゆるやかだったのかということについては、多くの反証があり、これがタイトルに「バロック指板の謎」と書いた理由です。

現存する指板の中でも有名なストラディヴァリの指板も、実はモダンのヴァイオリンよりもきついカーブを有しています。さらに、同じような事例はいくつもあります。少なくとも北イタリアに関してはそう言えるのです。

では、他の国ではどうだったのかということですが、私の方ではそこがまだよく分かりません。叶うことなら、他の調査をしている製作家や研究者と意見交換をしてみたいと思います。

たとえばバッハを弾くならモダンよりもいくらかフラットな指板の方がよいという意見はしばしば聞かれることから、もしかするとドイツなどの方がよりフラットな指板が好まれ、ハイポジションに行くヴィヴァルディの楽曲などを有する北イタリアではよりカーブのきつい指板好まれたということなどもあるではないかということを推測したりしています。

しかし仮にそうであったとしてもモダンの指板よりもきついカーブが必要かというと疑問に思えてくるわけです…。実際にそういう指板けっこうあるのですが…。

ちなみに私が計測した中では、ヴェネツィアのヴィヴァルディ教会とも呼ばれるSanta Maris della Pieta に残された楽器群の中にはほぼ52㎜ぐらいのRをもった指板のヴァイオリンもありましたので、52㎜が間違いということはないと思います。ただし、それも駒側の端で52㎜というだけであり、それだけをとってモダン指板のように作ってしまうとバロックらしからぬ指板に実はなってしまいます。

ともあれ、実際に今日弾いてくださるのはモダンの指板に慣れた演奏家の方々であることを考えるとモダンの形状を無視することもできません。この辺りが悩ましいところで、実際に演奏をされている方々も多くは部分的にモダンの要素を上手に取り入られている様子がありますので、そういう点からもヒストリカルな演奏と言うことが実は大変難しいことであるということを改めて感じます。

それでもヒストリカルな演奏に取り組んでみたいという方がおられましたら、ぜひご一緒に取り組んでみたいと思います。