リューベックの思い出

北ドイツの町、ハンザ同盟発祥の地として知られるリューベックという町に、調べてみたいオリジナルの状態をよく保った楽器があり、そのことで少しガイドブックをめくっています。

リューベックは、実は子どものころにピアノのレッスンで当時住んでいたハンブルクから通っていた(ちょっとした小旅行でした)ことがあります。

子どものころの曖昧な記憶でもずいぶん遠かったような気がするのですが、当時そこにピアニストのコンラート・ハンゼンConrad Hansen氏(1906-2002)に師事されていた重松正大先生がおられ、習いに通っていたのです。コンラート・ハンゼン氏は今の日本ではあまりなじみはないかもしれませんが、ドイツのピアニストとしては戦前から5本指に入る方であったのではないかと思いますし、私はもちろん直接知りませんがフルトヴェングラーとソロで共演していたような方と言った方が分かりやすいかもしれません。重松先生はその薫陶を受けていたのだと思うのですが、なぜか私の中では、先生のピアノは当時まだ健在だったヴィルヘルム・ケンプWilhelm Kempff氏( 1895-1991)に近しいという印象がずっとありました。

ドイツに行ってなぜ日本人の先生にと思われる方もいるかもしれませんが、子どもだったのでそのあたりのことはよく覚えていないものの私は今でも重松先生に習うことができたことは本当によかったと感じています。うまく言葉では言えないのですが、音楽というものが全体的なものなのだなということを上手に感じさせてくれた先生でした。

また、ピアノという楽器は本当に誤解されやすい楽器ですが、重松先生が探求されていた音の美しさは子ども心にも届くものがありました。実際、バッハのインヴェンションの3声を先生に教えていただきながらさらっていたときの感動が、結局は私を今の仕事に導いたと思うのです。

ここで一言断っておきたいのですが、すばらしい先生に習っておきながら、私はまるでピアノが弾けるとは言えません。音楽の才能もあるとは言えず、重松先生のお名前をここに出すことがご迷惑でないことを祈るばかりです。

さて、2年ほど前に先輩の技術者に誘われて、お酒の席でヴァイオリニストの志村寿一先生とお話をする機会があった時に、志村先生がピアノ伴奏者についてお話をされたときに「本当はピアノも倍音を響かせられる楽器なんだと僕は思うんですけどね。上手なピアニストはそうなんです」とおっしゃっていたときに、私の脳裏にはやはり重松先生の演奏が浮かんでいました。

実際にピアノは本来そういう楽器だと思うのです。ときどきピアノは平均律に調律されているから美しく響かないという話を聞くことがありますが、古楽の響きと違うだけで、ピアノにはピアノの美しさがあり、独特の倍音や響きがあると私は思います。ただ、そのように考えて作られなかったピアノがあまりに多かったり、電子ピアノなどのまったく方向性の違うものがあふれていることで、美しいドイツのピアノへの理解はますます困難になっているようにも思います。

話があちこちにそれてしまいましたが、リューベックの思い出をたどりつつ、楽器の調査も近々してみたいなと考えています。長らくご無沙汰してしまっていますが、重松先生の演奏もまた聴きたいなと思っています。