アーチ(隆起)と文化と暗黙知

工房では、来客の対応の合間を縫いながら、アーチ作りが始まりました。

アーチというのは表・裏の板の隆起のことで、イタリア語ではbomaturaボンバトゥーラと呼びます。

先日、ある方からアーチを作るときにテンプレート(型紙)は使わないのですか?と聞かれましたが、少なくともイタリアではテンプレートは使いません。

お隣のドイツでも昔は使っていなかったと思うのですが、最近では事細かに寸法を決めて作る人たちもいると聞きます。コピー製作が盛んなイギリスなどでは、古い名器からとった形を模したテンプレートとよく使われるようです。国の違いというよりは、新作を作るか、コピーを作るかという違いもあるのかもしれません。

いずれにせよ、基本的にはテンプレートは使わないので、製作家個々の受け継いだ文化と頭の中にある形がそのまま出てくるのがアーチです。

そのための20年ほど前までは製作コンクールなどに行くと、アーチを見ただけで、製作家の出身地がわかったほどです。

寸法に基づき、毎回同じ形に作る製作家もいれば、毎回違う製作家もいます。私は先生のやり方を受け継ぎ、後者になるのですが、木の硬さ、柔らかさ、密度、製材のされかた、狙う音などで毎回アーチは変わります。こちらの意図もありますが、大きくは木に従って決まっていく感じかなと思っています。

このあたりは、まさに暗黙知としか言いようがなく、…そんな難しいことではないのですが、言葉にするのは困難を感じる部分です。

いずれにせよ、アーチ作りに入ると、終わりが一瞬見えなくなるほど、果てしない作業が続きます。暗がりの中で、一方向から光を当て、1/100mm以下の凹凸をとっていくのですが、できたと思っても、全体のバランスが悪いと一からやり直しになることもあります。

なるべくやり直しを避けて進めるのですが、文章の推敲を重ねる作業に似て、本当の終わりというのがどこにあるのかは常に難しい課題となってきます。

演奏家の演奏に、これで完成という領域がないのと似ているかもしれません。寸法があれば、そこに到達すればいいわけですが、それがないのが難しいところでもあり、またおもしろいところでもあると思います。