ピリオド演奏、ピリオド楽器について

今年に入り、多くの演奏家や指導者の方とお話をさせていただきながら、ピリオド演奏・楽器というものについて考える機会を多くいただきました。

すでに親しまれている方に当たり前の話になってしまうと思いますが、これからピリオド演奏を楽しみたいと考える方には参考になるかもしれないと思い、ここまでの考えを書いておきたいと思います。

製作家の立場から言えば、ピリオド演奏を試みる方にとって大事なものがあるとすると次のような順になるのではないかと現時点では思っています(あくまでも製作家の観点なので、演奏家の皆様とまた意見を重ねていきたいと思います)。

ピリオド演奏を楽しむために大事なモノの順番

1. 弦の選択

2.弓の選択

3.楽器の選択

この順番は皆さんもお気付きのように、経済的な負担の大きさの順とたまたまですが、合致します。

大事と思われる順に書いてみたのは、1-3を全ていっぺんにする必要はないので、取り組みやすいところから取り組んでみていただきたいと思ったからです。また特に1と2は逆さになってもおかしくないものです。

ただ楽器が最後に考えればいいものであることは間違いないと考えています。

まずは弦と弓が本当に大切です。

弦と弓について調べて、よいと思われるものを探していただき、まずは演奏を楽しみ、余裕があれば楽器を選ぶというのが、無理のない道であるように思います。もちろん、楽器もこれから購入してピリオド演奏を始めたいという方は、1-3のすべてをいっぺんに考えてもいいわけですが、すでにモダンの一般的な楽器を持っているとした場合は、上のような順番で考えてよいのではないかと思います。

また楽器についてみていくと、さらに次のようなことが考えられます。

まずモダン楽器をベースにピリオド演奏を楽しむ方法としては、

1.楽器や付属のアクセサリーには一切手を加えずにヒストリカル・ガット弦などを張り、顎あて・肩当があれば外す

2.バロック仕様に近い形の指板を載せ(られれば載せ)、テールピースを新調し、駒とサドル(下駒)も調整する

これら2つはモダン楽器本体に手を加えないため、後からモダンに戻したいという時にもそれが可能となります。

当工房ではこれ以上のことをモダン楽器で行うのは原則的にはやめたほうがよいと考えています。理由は他の記事にも書いていますが、おそらくは読んでいただいても今一つ意味がわかりにくいかもしれませんので、ご興味がある方にはまた直接説明もさせていただきます。

いずれにせよ、モダン楽器をベースにピリオド演奏を楽しむには上記のような条件を揃えていけばある程度は実現できるのではないかと思います。バロック仕様でないとまったく演奏が実現できないということではないのです。

さらにピリオド演奏に肉迫したいということで、オリジナル仕様を残した古い楽器を見つけるということも不可能ではありませんが、非常に数が限られており、すべての人に行きわたるとは到底考えられないため、あまり現実的ではないと思います。

また、ストラディヴァリのフルサイズのヴァイオリンにオリジナルの仕様のものが1つも残っていないということからも明らかなように、よく使われた楽器ほど改造がされてしまっており、オリジナル仕様を残した楽器が仮に見つかったとしても必ずしもよいものとは限らないという別の問題もあります。希少であることと、よいことはまた別のことということです。

一度モダン仕様に改変された(もともとはバロック仕様だった)古い楽器を、バロック仕様にまた戻すということも当工房ではお勧めしていません。いったんモダン仕様にしてしまった楽器は、修理をしたところで、決して元通りには戻らないからです。

ましてやモダン仕様として作られた楽器をバロックに改造するというのはほとんど意味が分からないことになってしまいます。…と書いてしまうと責めているように感じられてしまうかもしれませんが、そうしたいわけではなく、すでにそうなってしまった楽器は、それはそれでもちろん使うことはできると思います。ただ、これからどうしようかと考えている方にはやはりお勧めはできません。

考え方としては、かつてバロック仕様の楽器がモダンに改造されたことがあるのが歴史なのだから、今度はモダン仕様の楽器がバロック仕様に改造されてもいいじゃないかという考えももちろん成立しうるとは思います。しかし、そこまでするのなら、新しいバロック仕様の楽器を買っていただいた方が断然よいと思うのです。

バロック仕様と簡単に書いてしまいましたが、バロック仕様というスタンダードなものがバロック時代にあったわけではないということも書いておかなければならないと思います。私自身も調査の中心としてきたのはクレモナとヴェネツィアの楽器群でした。所が変わればまったく違った仕様があったのがバロック時代の特徴でもあるので、単純に一言でどうでなければならないということも言えません。

よく言われるバスバーが短かったというのも、実際には常に短かったわけではなく、どちらかというとバスバーの配置に特徴が見られます。これはバロック時代のセットアップ(駒、魂柱などを含む楽器のセッティング)に関係があることです。

また一つの楽団の中に、様々な地域で作られた楽器があり、様々な仕様の楽器が混在していたという事情もあったと考えられるので、アンサンブルでのピリオド演奏を考えるならばさらに複雑な様相を呈してきます。

ということで、きりがないのですがそれでもある程度、バロック時代の技術力、文化、楽器設計などを反映させた新作楽器の提供はできる時代になってきていると感じています。これはここ50年ぐらいの多くの熱心な方々の研究の賜物だと思います。その意味で、これからピリオド演奏に取り組みたい!という方には本当によい時代になってきているのではないでしょうか。

弓ついても少し書いておきたいと思います。

弓については、まだ私の書けることは多くないので、ぜひ弓製作家の方に日本語で書いていただきたいと常々思っているのですが、わかる範囲で書いておきます。

まず弓は、スティック(棒全体)がほとんどまっすぐに作られていて、それが弓毛を張ることで、凸状になる弓が非常に長い間使われていたと考えられます。現在当たり前になっている弓毛の長さを調節するアジャスターが出現してからも、アジャスター付きの弓が定着するにはかなりの時間を要したようです。

したがって、初期バロック弓と呼ばれるような単純な構造の弓が非常に長い期間使われていました。モーツァルトの父親が書いたヴァイオリン教則本の時代でさえ、挿絵に登場するのはアジャスターのついていない弓でした。

ただ、現実問題としては、日本のように乾湿の差が非常に激しいところで、演奏家の方はプラクティカルな問題への対処としてアジャスターつきの弓を使っているケースがとても多く、それでよいのだろうと当工房でも考えています。(当工房では今はアジャスターつきの弓は作れませんが)

そのため、皆さんが弓を選ぶときには、バロック音楽の演奏が目的なら「凸反りになる美しい弓」という条件を満たしているものを選ばれることが一番重要であると思われます(あえて美しいと書いたのは、凸反りであれば何でもよいとはさすがに思わないからです…)。弓の材質については、昔の弓ほど身近にあった木材を使っていたことが知られており、徐々にスネークウッドなどのエキゾティックな高価な材が使われるようになりましたが、ペルナンブーコ材以外の材質であれば私はいいのではないかと考えています。ペルナンブーコ材を使った初期バロック弓はおそらくなかったと思いますし、後期バロック弓でもあったかどうかはわかりません(このあたりは専門家の方、教えてください!)。もちろんペルナンブーコも材質は様々なので、一概に言ってしまうのは正しくないかもしれませんが、バロックのレパートリーを弾くには少し「しなやかさがよすぎる」ような気がします(これも専門家の方、間違っていたら訂正してください!)。ただ、歌うような旋律を弾く音楽には、やはりペルナンブーコは最適なのではないかと思います(ペルナンブーコも様々であることは繰り返しますが…)

後期バロックや古典派の音楽も凸反りの弓は使えますが、徐々にクラシカル・ボウと呼ばれるバロック弓とモダン弓の間にあたる弓が増えていった時期であるようです。この辺りは私の勉強も足りませんが、こうでなければならないということはなく、様々な種類の弓が入り混じっていた時期ではないかと想像しています。

1つ混同したくないのは、貴族の楽器であったヴィオラ・ダ・ガンバではスネークウッドなどのすばらしい木材が普通に使われていたのに対し、ヴァイオリン属の楽器はある意味、野から現れた楽器であるということです。そのため、現代のスネークウッドが手に入りにくくなった状況下では、そこまでこだわらなくてもいいのではないかという気も最近はしています。このあたりは私もまだ勉強中です(だんだん声の調子がか細くなってしまい恐縮です…)。

ということで、いささかしりつぼみになってはしまいましたが、分からないことを探求していくこともピリオド演奏に親しむ楽しみだと思いますので、ぜひ上記もご参考に、できるところから取り組んで楽しんでいただきたいなと思います。

私も引き続き、色々な方のご意見を吸収しながら、どんどん進んでみたいと思います。