ゲルバーの記事

今日はAlfred Planyavsky 著『コントラバスの歴史』(Geschichte des Kontrabasses) 全音楽譜出版社から、肩掛けチェロについてふれた箇所を紹介したいと思います。

タイトルの通りコントラバスの歴史について編纂された本ですが、18世紀の項に「チェロの発達-速い曲を楽に弾く」というページがあり、そこに肩掛けチェロについてふれた箇所があります。

興味深いのはこれまで当ブログにてJ.S.Bach の周辺の声として紹介してきたものには含まれない記事があることです。

内容を書き写します。

「ゲルバーは、父親を通じていまだバッハ時代と間接滴なつながりをもっていた人であるが、トーマス教会合唱隊長としてのバッハがチェロ奏者に課した要求から出てくる問題に関連して、次のように述べている。

“当時行われていたヴィオロンチェロの無骨な奏き方では、その活動的な低音声部には具合が悪かったため、バッハがヴィオラ・ポンポーザViola Pomposa と呼んだ楽器の発明にいたらしめたものだったのであった。ヴィオラ・ポンポーザはヴィオラBratsche よりも丈も厚みもひとまわり大きい。チェロと同じ低音域と4本の弦のほかに、さらに五度上のe弦をもち、腕に支えて演奏された。この便利な楽器は高温の速いパッセージを容易に演奏することを可能にしたのであった。”」

本書によるとこの記事の出典はE.L.Gerber のHistorisch-Bibliographisches Lexikon(Leipzig, 1790)となっています。

私もまだ本書全部には目を通していないのですが、他にも興味深い記述がありそうなので、読み進めてみたいと思います。

追記: 出典は定かではありませんが、ゲルバーの父はバッハの生徒の一人だったようです。