平松加奈さんの試奏

モーッァルトの言葉に、「旅をしない音楽家は不幸だ」というものがよく知られています。モーッァルト自身は音楽家への教訓としてこれを言ったのではなく、父親への返信に屁理屈として言っただけとも言われます。しかし、それにしても昔から音楽家は旅に育てられてきたという事実は変わらないことでしょう。

平松加奈さんは全国各地で年間200回以上の公演をこなすジプシージャズ・ヴァイオリニストです。

平松さんの公演スタイルやご活躍を見ていると、かつてヴァイオリンという楽器が祭典の楽器として、庶民の間から、あるいはもっと言えば酒場から生まれ出た自由奔放な姿を思い起こします。ヴァイオリンはその後さらに広がりついには当時の王侯貴族まで魅了しました。

結果的に今日ではクラシック音楽で用いられるヴァイオリンはやや高級な楽器となっていますが、元を辿れば人々の生活の中にあった楽器で、それは演奏だけでなく、楽器を作る上で当時の生活の知恵があますところなく生かされていることからも分かります。

話が逸れましたが、平松さんが旅をしながら曲を作り、歩いて行かれる様は、中世の吟遊詩人から続くそんなヴァイオリンの歴史をも思い起こさせてくれます。その中で、ヴァイオリンというアナログな楽器を使っていただけることもありがたいことだなと感じています。

昨日はヴァイオリンのメンテナンスと音調整のためにいらっしゃいましたが、私が調整をしている間に肩掛けチェロ、ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラの試奏もして下さいました。

スパッラは、まだこれから改めて見出されようとしている楽器で、作っている本人もこの楽器にどのような可能性が秘められているのかまだ分かっていません。それほど、弾く人、持つ人、演奏する曲により様々な可能性がどんどん出てきているということです。このような形とタイミングで楽器に関われる事は稀有な事なので、本当に私自身それを楽しんでいます。

平松さんのオリジナルのフレージングを聴かせていただきながら、もしこの楽器が旅をすることになったらどんなふうに人々の間に広がだろうかと想像することもまた楽しい時間でした。