長い間、モダン弦を扱い、最近になってガット弦に比較的多くの時間を割いていますが、ひさびさにトマスティーク社の特注弦を肩掛けチェロ、スパッラに張って、ガット弦との比較から感じたことがあります。
それはガットは呼吸しているということです。大袈裟な言い方かもしれませんが、楽器(木製品)が湿気を吸って膨らめば、弦もガットなら膨らむのです。
当たり前ですし、誰もが知っているいることかもしれませんが、急に暖かくなってきたせいもあって、昨日は余計にそのことを強く感じました。
楽器への負荷も違います。楽器に合わせて弦も膨らめば、その負荷もいくらか減ります。
モダン弦は化学繊維にしろ、スティールにしろ、湿気や汗の影響を受けにくいのが良さですが、同時にこの特徴は楽器にとっては諸刃の剣となります。
モダンの合成繊維弦やスチール弦は、湿度に感じにくいので、あまり楽器と一緒に弦が動いてくれないです。これで夏場の多湿高温の中に楽器を置いておいたら、楽器の方は動くのに弦は動かず、負担をさらに増やします。膠が動きやすくなってくる楽器へのダメージは嫌が応にも大きくなります。結果指板が落ちてしまうなどの重大な症状につながります。
カチコチに作られた楽器なら大丈夫かもしれませんが、それだと音におもしろみもないので…そう考えると、季節の変化が大きく、夏場は高温多湿になる日本こそガット弦が合っているのかもしれないと思いました。
もちろんピッチの違いもあり、モダン弦の問題は強いピッチに変化の少ない弦を張っているがための問題でもあります。
取り扱いに多少の時間がかかりますし、音色も違いますが、ガットを張っていると楽器全体が呼吸できる感じがあります。演奏者の方でも、楽器をよく見て、様々な弦を試した方は感じているのではないかと思います。単に音の深みだけでく、こうした弦の自然な特徴もあってガットを選んだという方も少なくないかもしれません。
まだガットに取り組んだことのない方は、ぜひ一度ガットを通して楽器の呼吸を感じ取ってみていただきたいです。いつも見ている楽器の新しい側面に気づくかもしれません。
修理・調整方法などもそうですが、ヨーロッパにおいて定石とされていることが、気候の大きく違う日本では必ずしも正しいわけではありません。こんなところにも日本ならではの演奏文化が生まれる余地はまだまだあると感じました。