ニス塗りとニスの仕上げについて

私たち製作者が常に悩むことの一つに、ニスの塗り方と仕上げ方があります。


イギリスのオックスフォードにアシュモレアン博物館というところがあり、そこには弦楽器の世界では有名なストラディヴァリ の製作した”メシア”と呼ばれるヴァイオリンがあります。

ストラディヴァリ の楽器としては最も保存状態がよいもので、ほとんど手つかずのニスが残っているものです。

私は10〜15年ほど前に3回ほど訪問して見てきたのですが、最初に訪問した時にそのあまりののっぺりとした表情と魅力のなさにびっくりして帰ってしまいました。体調が悪ったのだろうかと思い直し、ふたたび訪れた時もやはりメシアには魅力は感じられませんでした。

3度目の正直と思い、もう一度メシアを見にアシュモレアン博物館を訪れましたが、結論として思ったことは、もしストラディヴァリ がかつてこのようにニスを塗ったのであれば、自分はそのように塗るのはやめようということだけでした。

このように言ってしまうといかにも不遜に感じられるかも知れませんが、これは私だけの意見ではなく、実はメシアを見に行った製作家の同僚の非常に多くか抱く感想でした。特にイタリアの製作者は、メシアを見ると自分たちの楽器ではないと感じます。イタリア語でfreddo、すなわち精度はあるけど温かみがないと感じるのです。

なぜ救世主とまで名付けられた、最高の保存状態の楽器に私たちは魅力を感じないのか、なぜ長年使われて損耗してきたストラディヴァリ の方が魅力的なのか、そのようなことを延々と考えながら、仕事をしてきました。


今回ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラを塗るに当たっては、モデルを譲ってくださったバディアロフさんに敬意を表して、彼の塗り方にある程度沿ってニスをのせてきましたが、おそらくはバディアロフさんもメシアには対しては同じような感想を抱いた一人だろうと思います。

今回のニスは、あえて木材とニスのもつ自然な凹凸を残し、工業製品のようにつるっと仕上げるとこは避けました。凹凸も使いながら、メンテナンスを続け、磨き続けるうちに自然となくなっていきます。

人によって好き嫌いはあると思いますが、一つここを新たな出発点として、またよりよいニスを求めていきたいと思っています。