(写真上: Dmitry Badiarov氏のスパッラ)
ヴィオロンチェロ・ダ・スパッラという楽器が歴史的に実在したかどうかということが議論されることがあります。
これはまず作曲家が譜面上にヴィオロンチェロ・ダ・スパッラを指定していることが歴史的に見当たらないためであることが大きな要因と思われます。
実は、歴史的文献上に現れるものとしては、Bartolomeo Bismatovaの『 compendio musicale』 (Ferrara, 1677) にその名が記されているというのが唯一見つかっているものです。したがってヴィオロンチェロ・ダ・スパッラは肩掛けチェロのイタリア語名ということになります。
小型の肩掛け5弦チェロを普及させるにあたり、製作者や演奏家がこのイタリア語名を採用したことで、上記のような議論が起こった可能性があります。
同じようなチェロの声部をもつ小型の楽器としては、実は呼称が確立されていなかったことから、様々な呼び名、もしくは単に「チェロ(violoncello)」と呼ばれていたことが分かっています。
つまり楽譜でチェロなどの指定があれば、それがすなわち現代の大型の脚にはさんで弾くチェロを指していたわけでは必ずしもなかったということです。そのため、譜面上に指定がないからと言って存在しなかったとまで言い切るのは早計だと思われます。
Johann Mattheson 『Das Neu-eroffnete orchestre』(Hamburg, 1713)には次のような記述が見られます。
意訳をすると「すばらしいチェロ、バセット・ヴィオラ、ヴィオラ・ディ・スパラは小さなバス・ヴァイオリンで、大きいタイプのものと比べると5もしくは6弦が張られ、大きいものに比べて装飾音などが出しやすいく、低音部がより明確に弾くことができる。この楽器は肩にベルトをかけて保持される。」
ここからも分かるように、バセットやヴィオラ・ディ・スパッラなど小型のチェロの名称は様々で、それらは一様にチェロと呼ばれていたということが見えてきます。ちなみにヴィオラ・ディ・スパラ(肩のヴィオラの意味)という名称は、ヴィオロン・チェロ・ダ・スパッラに比べ文献により多く登場しますが、譜面上ではバセットBasetto と書かれている場合が多く、その声部を担当できる楽器ならなんでもよい(指定するほどに楽器の形が一定ではなかった)という作曲者の意図が見えるようです。
私は学者ではないので、こうした議論の詳細は専門家にお任せしたいと思いますが、チェロの声部を担当する小型のチェロが使われていたという歴史的な事実はあるのではないかと考えています。また、大型のチェロと小型のチェロは、今後違った役割を持つこともあるものとして、共存していけるものと考えています。
ピンバック: ヴィオラ・ポンポーサとスパッラの違い – 髙倉匠弦楽器製作工房