山形の庄内、すなわち鶴岡市の辺りで昔から栽培されてきた温海(あつみ)カブという珍しい固定種の赤カブがあります。
2年前に亡くなった祖母の納骨で鶴岡を訪れた際に、偶然にそのカブのことを市内の種屋で知り、埼玉に持ち帰り畑に蒔いてみました。
去年は天候不順もあり、あまりいい形には育たなかったのですが、なんとか花を咲かせ、種をつけてくれました。
晩年は認知症になり、誰が誰かも分からなくなった祖母でしたが、最後まで周りの人への気遣いと笑顔を絶やさなかった人でした。在りし日の祖母の姿と、作り手が移り変わっても形を伝えて来た赤カブがおぼろに重なり、時期が来たらまた蒔いてみたいと思いました。
さて、畑をすることと弦楽器製作は関係がないと思う人もいるかもしれません。しかし、一度でもイタリアの弦楽器製作のメッカと呼ばれ、かつてアマティ一族、グァルネリ一族、そしてストラディヴァリらを輩出した町に行ってみればそこが純然たる農業地帯であることが誰にもわかります。クレモナはその当時と大きく変わらずロンバルディア平原の中にある小さな町ですが、東京という大都会のそばで四季の営みからいとも簡単に離れてしまうことができる生活の中では、土に触ることは、弦をはじいて音を聴きながら楽器を設計することと同様に、非常にプリミティブでありながら、大事なことを思い出させてくれるように思います。