アルミニウムとガット弦

19世紀にはアルミニウムはまだ安価な精製方法が見つかっておらず、非常に希少性の高い金属でした。一時期は金や銀よりも高値で取引をされていた時代があったことは、ご存知の方もおられるかもしれません。

今日、紹介したいのは、このアルミニウムがどのようにして現在のように広く弦の素材として使われるようになったか、近代イタリアの弦楽器製作家とガット弦メーカーの当時のやりとりを織り交ぜながらガット弦エキスパートのDaniela が説明をしてくれている動画です。

Daniela によると、1908年になってようやく安価にアルミニウムを手に入れる方法が見つかったということです。時は第一次世界大戦(1914-1918年)に差しかかろうという時でした。

(アルミニウムの歴史をひもといて見ると1900年初頭(正確な年代については、やや文献によりバラつきが見れる)にアルミニウム合金の一種であるジュラルミンが発明されます。Daniela 自身は動画の中では説明はしていませんが、もともと銃の薬莢の素が探される中で偶然開発され、その破断性能の強さから一気に工業化が進んだ経緯があることから、それまではアルミニウムの大量生産に進む動機がまだ乏しかったのかもしれません。現在、そして当時使われている弦がアルミニウムを用いていたのか、上記の破断に強いジュラルミンが使われているのかということは、もう少し調べてみたいと思います。)

さて、なぜアルミニウムなのか?

これはA線とD線は(ヴァイオリンにおける第2弦と第3弦 ※楽器を正面から見て右から数えます)は非常に軽い金属しか巻くことができないためです。もしも銀のような重い金属を使おうとすれば、その分弦が非常に細くならなければならず、結果それでは破断してしまうからです。

そのため、すべての人が軽い金属を探していました。

(カール・フレッシュの著書から1920年ごろには、すでD線についてはそれらがあったことは別の動画でDaniela が説明してくれているので、また機会に触れたいと思います。しかし、それでもA線はまだ裸ガット弦でした。)

研究調査の中で、Daniela はSalle へ赴く中で、弦メーカーRoberto Salerni の娘さんに出会うことができ、Salerni 氏の手紙の写しをもらうことができたそうです。その手紙は当時イタリアでもっとも有名だった弦楽器製作者の1人、Pietro Sgarabotto からのものでした。

(ちなみに、Daniela の研究と前後して、Barbieri 氏が記したSgarabotto の手紙を紹介する本が刊行され、その中で彼女がSalerni 氏の娘さんから入手したSgarabotto の手紙の前後にあたる、質問と返信がその中で紹介されていたことにより、その当時のやりとりの一部始終を入手することができたそうです!)

Salerni は、Aの巻線を開発したいと思い、その当時もっとも著名であったイタリアの弦楽器製作者うちの2人、Sgarabotto(ズガラボット)とOrnati (オルナーティ)にコンタクトをとっていたのです。

動画の中では、Sgarabotto とのやりとりが紹介されています。1951年のことです。

Sgarabotto からはAの巻線を開発できないかとSalerniに尋ねており、その中で弦メーカーのPirastro はそれを開発できたそうだから、あなたもやらなければならない、それができれば巻線のセットが揃うと言っています。

これに対し、Salerni はサンプルの弦を入れた返信を送るのですが、興味深いことに彼はその返信の中で「適当な時期になるまで、適当なガットを手に入れることができなかったので、これ以前には弦を作ることができませんでした。」と言っています。これにより、羊のガットから彼が作っていたことを推察することができます。なぜならこの手紙は4月に書かれており、イースター(復活祭:イタリア語でPasqua)と重なっているからです。

別の5月中旬の手紙では、弦作りが非常に難しく、なぜなら適当なアルミニウムを見つけることができないかと言っています。Pirastro の使っているアルミニウムはアルミニウムの現有率が80%だったのですが、それがイタリアでは見つかりにくかったようです。その種のアルミはドイツだけで製造されていたようです。

こうしたやりとりが何度かされた後で、SalerniはもうこれでAの巻線の開発は止めることを宣告しています。これは適当なアルミニウムを当時入手することがいかに難しかったかということを示すだけでなく、Pirastroの弦も含めて、当時のイタリアの演奏者がAの巻線を試しながら、それ以上の興味と関心を示さなかったためのようです。

1954年のSalerni のカタログには、次のような製品の提供が記されています。

  • ヴァイオリン G線(第4弦)のみ巻線で、残りは裸ガット弦
  • ヴィオラ   巻線は(低弦側)2本、残り2本は裸ガット弦
  • チェロ   巻線は(低弦側)2本、残り2本は裸ガット弦
  • コントラバス 第4弦のみ巻線で、残りは裸ガット弦(ただし、第3弦は巻線オプションあり)

最後に、Daniela が言っていたのは、1930年代、40年代、50年代などに書かれた音楽の多くが実はまだ裸ガット弦の音に基づいていたということです。

今日われわれが使っている弦の流通の状況が現れたのがいかに最近のことかということが、お分かりいただけると思います。私自身さほど多くの作曲家や音楽を知っているわけではありませんが、今日われわれがクラシック音楽として知っているほとんどの曲が弦楽器については裸ガット弦の音色を思い描いて書かれたということは興味深いことと思います。

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