何モデル?

楽器製作家として、意外と困るのが「この楽器は何のモデルですか?」と聞かれることです。このように質問されるときには多くの場合、質問者には弦楽器の知識が多少ある場合が多く、「ストラディヴァリかアマティか」あるいは「ストラディヴァリの何年製の楽器がモデルになっているか?」というようなことが暗に含まれていることが多いのですが、そのような質問には基本的に「私のモデルです」と答えるほかなく、しかしそのように答えてもキョトンとされてしまうことが多いのです。

もちろん昔の名器を参考に作ることは常日頃からしているのですが、まったくそのまま作ることをしていないために、以前とある質問者に「これはストラディヴァリの1704年製の楽器を元に作っていますが、ここをこう変えています」と話したところ、「それじゃあストラディヴァリをモデルにする意味はないのではないですか?そもそもイタリアの製作家の作るストラディヴァリはストラディヴァリじゃないですよね。」と言われたことがあります。なるほどそういう視点もあるのかと思い、私の方からは「そもそもストラディヴァリを作るという意識がイタリアには元々はないのですよ。」と答えたところ大変驚かれたことがありました。イタリア以外の国で、特にコピー製作の伝統がある国の製作家からはしばしばそうした質問を受けることがあります。

イタリアで私が習ってきた先生たちはいずれもが自分のモデルで製作をしていて、何かの楽器のコピーモデルであったことがないので、例えばパルマのスクローラヴェッツァ先生も「(楽器を指しながら)これはスクローラヴェッツァ(モデル)だ」とよく言っていました。また、お茶目にウインクしながら、「これは自分のモデルだからコピーするなよ」とも言われたものです。

そのような先生たちに教わったため、鼻から昔の名器のコピーをして楽器をつくるべきだ、あるいはそうした方が良いという考えをもったことがなかったので、これまで昔の楽器を参考にこそすれ、そっくりそのまま作ることは一度もしたことがありません。

結果、実は失敗も多く、昔の楽器がどれだけよく考えられて作られているかということを再認識させられたことも何度もありました。

一番の痛恨の失敗は、学校で習いながら自宅でバイオリンを作っていた当時に、1台目が形になったと喜び、勇んで楽器ケースに入れて学校に持っていき先生にお見せしようとしたところ、楽器が大き過ぎてケースに入らないという珍事がありました(笑)コピーをしていればこんな失敗はせずに済むのです。

その一方で、コピーを作らない先生たちに教わることができたことは、とてもよかったと思っています。期せずしてそうなったわけですが、スクローラヴェッツァ先生から始まり、その弟子である故ルカ・プリモン先生や、マルコ・I・ピチノッティ先生などいずれも独特のモデルとスタイルを持っている先生に習ってきたので、自分のモデルを探すということは私にとって非常に大きなテーマであり続けました。

このモデル探しに大きな転機を与えてくれたのは、演奏家であり、製作家としても知られるディミトリー・バディアロフさん(オランダ、ハーグ在住)です。

バディアロフさんには10年ほど前に、一時期一緒の職場で働かせていただいたことがあり、そのときに楽器デザインに関する知見を伺いました。しっかり習いたいと思っていたのですが、その後バディアロフさんが日本を離れてしまったため、機会を逸しました。しかし去年ようやくその機会を得ることができ、以前に教えていただいたことと合わせ、さらに深く伝統的なプロポーションに関する知識と技術を学ばせていただきました。

いずれにせよ、ここでも自分のモデルで作っていくという姿勢には変わりがないため、何モデルかと問われれば「私のモデルです。」とでも答えるしかないかと思います。

そして今後も「ストラディヴァリの何モデル?」という質問には遭遇することになると思いますが、本来の楽器製作はそのような縛りがあるものではないこと、アマティもストラディヴァリもグァルネリも誰かのコピーを作っていたわけではなかったことを丁寧にお客様には説明していきたいと思います。

もちろん過去の偉大な製作家への敬意とともに。